就園・就学

【会員レポ】わたしの就学体験記

こんにちは!

現在6歳年長さんの娘をもつクロといいます。10月には就学先を決め、今はどんなランドセル(リュックになるかな?)にしようかなと考えたり、サポートブックの作り直しをし始めているところです。(サポートブックとは子供の病気や飲んでいる薬、性格やこだわり、関わり方についてまとめた子供のトリセツのようなものです)

障がい児をもつ親として、大きな悩みの一つとなるのは就学先の決定ではないでしょうか。

サードプレイスのおしゃべり会の中でもたびたび就学の話がでてくるので、みんな悩んでいるんだなーと同じ親の立場がいることに励まされていました。

今回はどこにでもいる障がい児の親として、どのように就学先を決めていったかご紹介できたらと思っています。

目次
娘の紹介
就学決定までの流れ
どんな思いで決めたか
まとめ

娘の紹介

娘は34週で産まれ、PVL脳質周囲白質軟化症による脳性麻痺っ子です。

主にハイハイで移動していますが、最近は車椅子の練習中です。知的は4段階あるうちの重い方から2番目の知的障がいがあります。

コミュニケーションは発語がないため難しく、PECSを使ったり(まだ使いこなせていません)手を動かされてあぁこれがしてほしいのねとわかったり、表情やしぐさで読み取っています。

大好きなことには膝立ちで跳ねてニコニコする可愛い頑張り屋の女の子です。

就学決定までの流れ

年少年中 先輩お母さんの話を聞く

わたしの住んでいる地域だと就学先は地域の学校か特別支援学校2校の中から選択ができます。

療育園の行事の一つに、それぞれの学校に通う先輩お母さんの話を聞くという会があり、説明会では詳しく説明されないが知っておきたい情報(例えばおむつを外すように練習をしてくれるかとか、トイレはどれくらいの頻度で連れていってくれるのか、お友達との関わりはどれくらいあるか、どんな勉強をしているか、ランドセルを買ったか等)を聞いてイメージしていました。この時は娘の成長ももう少し知的な成長があると期待もあり、地域の学校に行かせたいけどどうかな〜と考えていました。

年中 特別支援学校Aの見学

療育園のカリキュラムの一つとして支援学校の見学がありました。コロナ禍であったため生徒がいない時の見学で、普段の子供たちの様子がわかりませんでしたが施設の状態はよくわかりました。

特別支援学校Bはコロナ禍で年少年中時には見学ができませんでした。

地域の学校に通っている親のおしゃべり会に参加

ここでは医療的ケアがあったり、重度の知的障がいがある子も普通に地域の学校に行っていることを知りました。地域の学校に行くメリットをたくさん教えてもらいとても視野が広がったと思います。

おしゃべり会の中では、こんなことに困っていると相談したら、みんなでこんな方法があるんじゃないか、わたしはこうやって乗り切ったよなどアドバイスをし合っていてとても素敵な会だなと思いました。

全国的にはこのような相談先があります。

障害児を普通学校へ全国連絡会

障害児を普通学校へ・全国連絡会ホームページ
障害を持っていても、普通学級・普通学校へ行けるように、就学相談などを行って、共に生きることを実現する会です
リンク
zenkokuren.com

ここに連絡をすると近隣地域で相談にのってくれる方や団体を紹介してくださるそうです。

年長4月 担当の相談員さんをつけてもらうように連絡

地域によって異なるかもしれませんが、わたしの地域では保護者から電話による申込が必要です。

1週間後、相談員さんからわたしが担当しますと電話がありました。

担当の方は経験が豊富そうな年配の男性で一安心しました。

5月 子供と共に面談

娘の生まれた時からの様子がわかるものを持っていく必要がありました。

言われたのは母子手帳、療育手帳、身体障害者手帳、お薬手帳、療育歴入院歴がわかるもの、検査結果などです。

娘が遊んでいる姿もここで見てもらいました。

また園にも相談員さんが訪問し、先生に様子を聞いたり、普段活動をしている様子をみてくださいました。

7月 相談員さんと一緒に地域の学校を見学

特別支援学級と通常級の見学をしました。通常級の子たちがとても立派に勉強をしていて我が子との差に少し愕然としました。トイレを見せてもらったり動線の話をした際には、通常級で交流をする時は最初のうちは階段は抱っこで行くようになるけど後々は階段昇降機のようなものを準備していただけるとのことでした。

わたしは施設としては大きな問題もないし、こちらが行きたい意志をしっかり示せば受け入れていただくことはできそうだなと感じました。ただお勉強の時間をうまく過ごせるのかが気になりました。みんなタブレットで勉強をしっかりすすめていて、我が子がそこにいるイメージができませんでした。夫は学校を出て2人になった瞬間、「ここはないわ、、、」とボソリ。

特別支援学校Bの見学

こちらは生徒さんがいる状態を見学でき、よりイメージすることができました。

8月 特別支援学校Aを再び見学

夫はこの施設を初めて見学したので、とても充実した施設にビックリしていました。

相談員さんから連絡があり、今のところどこが希望かなどを聞かれました。

9月 再び電話での連絡があり親の意向の確認

わたしの心の中でもほとんど決定していたのですが、ここで答えてしまうともう変えられないと思うとなかなか返事が出来ずにいました。

10月 相談員さんへ希望の学校を伝える

自分の中でも心変わりがなかったので、期限より少し前に電話をして、「特別支援学校Aにします」とお伝えしました。

どんな思いで決めたか

娘が6年間の大半の時間を過ごすところになるので、「学校が安心して楽しく過ごせる場所であってほしい、有意義な時間を過ごしてほしい」という思いから特別支援学校が適切なんだろうなとは思っていました。

ただ、心に引っかかった点もあります。

支援学校にすると

・健常の子との関わりがなくなってしまう

・支援学校の教育内容を見せてもらった時に、「この学年でこういった勉強をします。これ以上を求めている場合は別の学校を選択したほうがいいです。」と説明があり、自分の娘はこれ以上のことを学ぶことができないんだということを今の時点で受けれいなければいけなかった

・インクルーシブ教育がいいとされていたり、注目を集めている中で支援学校にするという判断が正しいのか確信がもてなかった

・社会の理想として、障がいや病気があっても同じ学校に行って、周りにも色々違っていいんだと学んでほしいし障がいのことを理解する環境があるべきだと思っているので、その思いと違うことをすることに躊躇いがあった。

この思いに対して、

・重心対象ではない放課後デイサービスを使って、発語がある子や元気に動き回れる子に刺激をもらえたらいいのではないか。

もし趣味や楽しめるものが見つかったら、その場面で健常の子と交流ができたらいいのではないか。

・もし奇跡的に知的が成長したら、学習する場は小学校だけでなくWEBや塾なんかもあるのだから利用すればいい

・大阪の豊中市でおこなっているインクルーシブ教育の現場という番組をたまたま見たが、(現在は再放送予定はある予定はなさそうです)本当に素晴らしく、このようなところであれば是非通わせたいなと思った。

「誰もが“ひとつの教室”で 大阪・豊中 インクルーシブ教育」 - かんさい熱視線
大阪・豊中市ではおよそ50年前から、障害のある子もない子もすべての子が“ともに 学ぶ”教育を続けてきた。学校現場の模索から日本の“インクルーシブ教育”を考える。 障害がある子もない子も、すべての子どもがともに学ぶ“インクルーシブ教育”。大阪・豊中市の公立小・中学校では、およそ50年前から、障害などがあり「特別支援学級」に在籍する子どもが「通常の学級」で“と…
リンク
https://www.nhk.jp/p/osaka-nessisen/ts/X4X48GXNX2/episode/te/8Q55LVJQKG/

その反面、娘の地域の学校には特別支援学級があるといってもこのような受け入れ態勢や、障がいがある子たちに接する文化がないということがこの番組で一目瞭然だった。つまり今の地域の学校に行かせることがインクルーシブ教育になるかといったらそうではないなと感じた。

自分の中で心に引っかかっていたところに自分なりの答えが出たことで、相談員さんに就学先の決定をお伝えすることができました。

まとめ

就学決定までの基本的なプロセスは下記のようになります。

①保護者による就学相談の申込

②相談員さんとの面談

③相談員さんが通園している保育園や療育園へ訪問

④希望している学校の見学

⑤相談員さんへ希望の学校を伝える

⑥市町村教育委員会で就学先の決定

娘は療育園に入園をしているということで、年少年中から見学や先輩お母さんの話を聞くことができ、自然と情報が入ってくるような環境でした。また就学のための懇談もあり自分で情報を取りに行く必要もなく安心して過ごせたのはありがたかったです。普通の保育園に通っている知り合いのお母さんは情報を収集するのも大変そうでしたし、そのことを話す知り合いがほとんどいないということで、とても孤独で大変だったと話を聞きました。

サードプレイスではおしゃべり会などで就学の話をすることもできますし、悩んでいることなどがあればLINEWORKS(会員の方限定)内で相談をしあえる環境が整っています。是非利用してみてくださいね。